その人は路上に座り込み、組んだ腕に顔を埋め、微動だにしなかった。
その傍らを人達は皆、物をかわすようにして通った。
かく言う自分も、その1人だった。
その人の衣類は朽ち果て、全身は薄汚れて真っ黒だった。
しかし、その人の手を見た瞬間、僕は思わず立ち止まってしまった。
ピカピカに磨かれた“モノ”が、そこにはあった。
他に所有物は何も無いのに、その“モノ”だけはあった。
その人の人生で決して捨てられなかったのであろう、
その“モノ”だけは。
その人は、僕に、強烈なものを残した。
なんだか無性に悲しかったが、でも、あったかくさせてくれるものを。
あの日以来、僕は、高田馬場を通る度、
その人を探してしまった。
もう会えないのかと思った。
しかし、今日、再び。
そして、そのピカピカの“モノ”は、まだその人の指にあった。
自分ごときが、偉そうなことを言える立場じゃないことは解ってる。
でも、今、この国のやりきれない現実の中で、
こういう生き方を選択した(せざるを得なかった)人を、
完全に視野から外してしまって良いとは思わない。
だからって直接何かをしてあげられる訳じゃないから、
偽善と言われても仕方が無い。
この写真を観て、不愉快に思う人はいるだろう。
不謹慎だと言われても仕方が無い。
でもその人は、僕に考えるチャンスを与えれくれた。
大事なことを教えてくれた。
そしてなにより、とても暖かい“モノ”を、くれた。




何気ない日々の中で気付きに出会えた事に感謝の気持ちを持てることの素晴らしさ・・・
takuさんの日記を読んで、自分自身も色々と学ぶことがあり考えさせられました。
私は、takuさんの携帯写真館に『存在する価値と意味』を感じました。
今回の記事は、自分自身の反省の意も込めて書きました。当たり前のように自分の視野から外してしまっていた事を。
所詮、勝手な想像でしかありません。でも、この写真の人にも僕等と同様にいろんな過去があり、様々な事情の結果厳しい現状になっても、大切な“モノ”は守り続けるその姿に感動したんです。
薬指の指輪は、本当にピカピカに磨かれていました。とっても大切な思い出なんだと思うんです。
どうしても捨てられなかったもの・・・
不愉快になんて思いませんでした。
すごく素敵な写真に見えました。
私にも考えるチャンスを与えてくれて
どうもありがとうございました。
写真不愉快なんかじゃありません。
無性に悲しかったが、でも、あったかくさせてくれるって
「あぁそうだ」って
どきっとしました。
ほかの方も言ってますが考えるチャンスを与えてもらってありがたかったです。
だから、みなさんのコメントが入り始めた時、とてもホッとした・・。
そのどれもが同じ気持ちだったから・・。
(人の歩んできた人生に対して、どうこう言える自分じゃないのに、心の何処かで、○×的な判断をして人を見ている事・・、あるな・・。)
うぅ〜〜、今もtakuさんの投げかけたこの写真と言葉が、私の頭の中を駆け巡っている〜〜〜!
本当に色々考えたけど、でも今、フッと心に浮んだのは以前耳にしたこの言葉・・。
『人って、一つでも大切な思い出があれば生きて行ける・・。
一人でも自分を認めてくれる人がいたら頑張れる・・。』
ポイントずらしちゃったらごめんなさい。
考える機会をありがとう*
昨日書いたコメントが、入っていません (ーー;)
絶対に 不愉快なんかではありませんでした。
『もの』にも 生き方にも 価値観にもいろんな面で 考えさせられました。
ありがとうございました
やっぱり書けません・・「誇らしげに光る指輪」とは反対に、男性のおかれている現実が、あまりにも厳しすぎて、言葉を失ってしまいます・・・
物質的な豊かさを無くしても、自分はこの男性のように、心の豊かさだけは無くさないでいられるだろうか・・・